黙示録15章3節

彼らは、神の僕モーセの歌と小羊の歌とを歌って言った、「全能者にして主なる神よ。あなたのみわざは、大いなる、また驚くべきものであります。万民の王よ、あなたの道は正しく、かつ真実であります。

次の物語はチャールス・スポルジョン夫人の語ったものである。彼女は25年以上も病気のために苦しんだ。

薄暗い日も終わりに近づいた。夜ふけてわたしは床の上に休んでいた。わたしの小さい部屋の中は輝いていたが、外の暗さがわたしの魂にしみこんで、霊の異象を不明確にした。わたしはわたしの手をささえ、けわしいすべりやすい道にも、きりにつつまれたわたしの足を導きたもうた御手を見ようとしたができなかった。憂いに沈んだ心はたずねた。「なぜ、わたしの主はその子をこのように取り扱いたうのか、なぜ主は鋭い、しかもにがい苦痛をわたしに臨ませなさるのか、なぜ彼は憐れなしもべに、彼女がなそうと望んでいるうるわしい奉仕をさまたげるために長いわずらいを許したもうのか」と。このいらだたしい質問はふしぎな言葉によってたちまち答えられた。わたしの心のささやき以外には通訳者の必要はなかった。しばし小さい静寂が部屋を支配した。この静けさを破るものは炉の火に燃える樫の丸太の砕ける音ばかりであった。とつぜんわたしはやさしい静かな物音、小さいが明瞭な音楽の調べ、窓の下にさえずる駒鳥の優しい声のような響きを聞いた。
「何だろう今時、こんな夜中に鳥がさえずるようなことはないはずなのに」。

やがてまたかすかな、しかもはっきりとした、やさしい旋律、しかもわたしたちの驚異を呼び起こすに十分な響きがきこえた。わたしの友は叫んだ。「それは火の丸太から来るのです」火が樫の木の心から出てくる閉じ込められた音楽を解放しているのだ。たぶんそれは鳥がその枝の上に楽しくさえずり、柔らかい日差しが金色の光を若枝に映した、万事好都合の時にこの歌を貯えたものだろう。しかしその後彼は年老いて堅くなり、きめの輪が増加して長く忘れたメロディーを封じ込んでしまった。しかし、ついに激しい炎の舌がその堅さを焼き尽くし激しい熱がその中から歌と犠牲を絞り出したのだ。

ああ苦悩の火がわたしたちから賛美の歌を弾き出すとき、わたしたちは清められ神があがめられるのだとわたしは思った。「たぶんわたしたちはこの冷たい堅い無感覚な、樫の丸太のようなもので、火がわたしたちの周囲に燃え、神に対する信頼とその御旨に合致する楽しい歌を引き出すのでなければ、うるわしい旋律を奏でるものではない。」「思い続けるほどに火もえぬれば」我が魂はくすしくも、我が前に置かれたたとえの中に麗しい慰めを発見した。「火の中の歌声、しかし、神はわたしたちを助けたもう。もしこれらの堅い、無感覚な心から調和を見いだす唯一の道がこれであるとすれば、炉を平素よりも七倍に熱くしよう」。

荒野の泉

Posted by JC7SWL