いただきから望みなさい

押しつぶす重さはキリスト者に翼を与える。言葉の上では矛盾ではあるが幸いな真理である。ダビデは何かの苦しい経験から『どうか、はとのように翼をもちたいものだ。そうすればわたしは飛び去って安きを得るであろう』(詩篇55:6)と叫んだ。

そして彼がこの黙想を終える前に翼を得たいとの願いは実現されたように見える。それは『あなたの荷を主にゆだねよ、主はあなたにささえられる』と彼が言っているからである。重荷という言葉は聖書の欄外に『神の汝に与えたもうたもの』とある。

聖徒の重荷は神の与えたもので、もろもろの重荷は人をして神を待ち望ませる。そしてそれがなされる時に信頼の魔術によって重荷は二つの翼に変わり、重荷を負わされた人がわしのように翼を張ってかけのぼるのである。

荒野の泉荒野の泉

Posted by AKATAS